創世記から見る歴史について考察1

創世記にはノアまでの物語とアブラハムからの物語がある。

ノアまでは中東、中近東一帯の聖書に書かれる4つの川流域

の物語である。

 

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創世記を読むときにエジプト神話に似ている、ウガリット神話に似ていると
指摘されるが、よく考えると当然と言えるだろう。

まずエデンである。エデンはアルメニアにあったとされるが、あえてここで

ペルシャ湾としよう。

kotobank.jp

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*注 図は筆者が創世記から想像したもの

海進前はペルシャ湾は湿潤であり、ホルムズ海峡辺りまで陸地であったなら、創世記にあるように4つの川が湾口近くで1本の川になってエデンに流れ込み、エデンの園と呼ばれる巨大な三角州を形成していたのだろうと考える。現在分かる事は、チグリス・ユーフラテス川、イランから流入するカールーン川が合流し、1本の川になりシャットゥルアラブ川となってペルシャ湾に注ぎ込んでいる事である。

エジプトを流れるナイルだが、シナイ山及びアラビア半島北西部の火山活動や地中海の大地震などで地形が変化しアラビア半島に流れる分が途絶え、地中海に流れ込むように
なりデルタが形成されたのではないかと推察する。

三角州で分枝する様子はナイル川河口のデルタで見られる。

wikipediaナイル川デルタより画像引用(パブリックドメイン

エデンに流れ込む1本の川(現在のシャットゥルアラブ川のような)がさらに

海進前の河口付近でナイルのデルタのように4つに分枝していたと推察する。

創世記の楽園追放劇を見ると、人間は神に皮で作った服を着させられている。

そのまま理解すると、アダムとエバは服を着る必要のない暖かい地方から、少なくとも寒暖の差のある地方に移動したように見られる。

仮に、楽園追放が海進に伴う人間の移動であったなら、中東一帯の人間には共通の

忘れがたい記憶となっただろう。